甘い生活
 〜FORタンタンさま〜


「まあ、なんて見事な黒曜石でしょう」
 日課となっている後宮部隊の訓練に出向くと、俺が腰につけているベルトを見て、アジーザが目を輝かせた。
 さすが女性だけあって、目敏いな。
「ああ、これ……昨日ジャハーンがくれたんだ」
 俺はし慣れないせいもあってか、耳飾りやら首飾りやら腕輪やら、ジャラジャラつけるのは好きじゃない。重いし動きにくいし、何となくガラじゃないって気がして。
 それをジャハーンも知っているから、最近はあまりそういうものをプレゼントしてこない。だからこういうベルトとか、あとは身の回りの物を好んで贈ってくる。なんか貢がれてるって感じで、ちょっと気が引けるんだけど……まあ、気持ちは嬉しいんだけどさ。
「さすが王でいらっしゃいますこと。なんて質の良い……神子にほんとうによくお似合いです」
 お世辞とは思えない、うっとりとした顔でアジーザが溜息をついた。
「そうかな……そうでもないと思うけど」
「あら、神子は黒曜石がお好みではないのですか?」
「いや、別に嫌いじゃないけど、宝石とか興味ないしさ」
「まあ……」
 アジーザは目を丸くして、それからこちらに歩いて来たエマルーをチラリと見やった。
「こんなに美しいものを。神子は飾り気のないお人柄ですのね……でもまあ無理もありませんわね。女なのに男のような人も居ることですし」
「アジーザ、それはわたくしのことか?」
「あら、そんなつもりで言ったわけでは。心当たりがあるのですか? エマルー」
「何を、白々しい……だいたいそなたの格好は何です。そんなにジャラジャラ飾り立てて、武術を何と心得ているのやら」
「わたくしは女です。たとえ訓練中であろうが、女であるということを忘れては後宮にふさわしくありませんよ、エマルー」
「何ですって……やはりわたくしのことを言っているのか!」
「だーッ! だから喧嘩すんなって!」
 火花を散らし始めた二人を何とか宥めて、その日の訓練を終えると、俺は自分の部屋に戻った。
 俺の部屋の手入れをしていたのか、手を拭きながらピピが笑顔で俺を迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、神子。水浴の御仕度ができています」
 そうそう。訓練で汗をかいた後は、やっぱりこれでしょう。
「うん。入るよ」
「それではお供します」
「うん」
 俺はピピと一緒に湯殿に向かった。
 ジャハーンとの行為の後は、さすがに恥ずかしくてピピの申し出を断っているんだけど、清々しい運動の後は入浴の手伝いをしてもらっている。こっちにはちゃんとした石鹸とかないから、身体をキレイにするのもひと苦労なんだよな。

 ピピに背中を流してもらって、浴槽の中に入った。たくさん浮かべられた、いい匂いのする花を掻き分けるようにしてしばらく泳いだ。
「なあ、ピピ」
「はい、何でしょうか?」
 香油の仕度をしていたピピが、手を止めて振り返った。
「俺さぁ、昨日またジャハーンにベルトもらったんだ」
「黒曜石と金でできたベルトですね」
「うん、そう。それでさ……なんか、俺ってジャハーンからもらってばっかりだなぁと思って」
「え?」
 ピピが小さく首を傾げた。
「いつも物とかもらってばっかりでさ、俺から何かあげたことってないんだよな」
「そんな……王はそのようには思っていらっしゃらないと思いますけど……」
「ジャハーンはそうだろうけどさ。俺としては、何か悪いなぁって思って」
「……神子は、王に何か贈り物をなさりたいのですね?」
「まあ、そういうこと」
 俺はそう答えて、浴槽から上がった。ピピが大きな布で俺の身体を包んでくれる。
「でも何がいいか分からなくってさ。だってこういう金ピカな物だったら、何でも持ってそうじゃん」
「そうですね……でも、神子からの贈り物であればお喜びになると思います」
「要はさ、気持ちってことだろ?」
「気持ち、ですか」
「そうだよ。ただ金出して、いいもん買って、それあげるっていうのもいいんだけどさ。第一俺の財産だって、俺が稼いだもんじゃないし。だから何か手作りであげられるものってないかな? と思って」
「手作り……神子がお作りになるんですか?」
 ピピが驚いたように目を丸くした。
「うん。変かな?」
「いいえ、そんな」
 ピピは首を横に振ったけど、でもまだちょっとビックリしたような顔をしている。
「何を作るおつもりなんですか? 装身具ですか? それともお菓子とか……」
「お菓子、ねえ。そうだよな。贈り物って言ったらお菓子だよな、やっぱり」
 もし俺が好きな子から手作りのお菓子もらったら、嬉しいもんな。
「よしっ、お菓子に決めた! 作るぞっ!」
「え? こ、これからですか?」
「うん。ジャハーンが帰ってくる前に完成させないといけないからな。急がないと」
「あっ、み、神子、お待ちください。僕も行きます」
 慌てたように後をついてくるピピを連れて、俺はルンルン気分で台所へ向かったのだった。

 台所には、貴人はあまり近付かないものらしい。
 急にヒョッコリ顔を出した俺に、皆一様に驚きうろたえていたけど、訳を話すと快くお菓子の材料を分けてくれた。それを使って自分の部屋でタネを作り、それを料理人達が焼いてくれると言うのだ。俺は最後まで自分でやりたかったんだけど、もし神子に火傷でもされたら死刑になります、という彼らの言葉を聞いて、大人しく引き下がった。さすがにお菓子作るのに人の命がかかっちゃなぁ……。

 俺は部屋に戻ると、一緒について来たナフテラという女性の料理人にあれこれ指示を受けながら、お菓子作りを始めたのだった。
 作るのは、肉桂とアニスでそれぞれ風味付けした、二種類の甘い焼き菓子だ。
 たかが焼き菓子じゃん、と甘く見ていたけど、これがけっこう難しくて、生まれて初めて料理なんてものに挑戦した俺はけっこう四苦八苦してしまった。横でナフテラが教えてくれていたんだけど、あんまり口出しすると悪いと思っているのか、言葉少なに心配そうな眼差しで見守っている。
 ついにタネが完成した時は、俺の身体のあちこちに粉やら砂糖やらが飛び散って、ちょっと情けないことになっていた。
「それでは、今から窯で焼いてまいります」
 見るからにホッとした様子でナフテラが部屋を出て行った。
「お疲れさまでした、神子。王がいらっしゃる前に、もう一度水浴なさいますか?」
「そうだな、その方がいいかも」
 ピピの言葉に頷いたその時だった。
「潤! 潤は何処だ!」
 いつにない焦った様子のジャハーンの声が聞こえてきて、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「どうしたんだろう、あいつ」
「さ、さあ……」
「潤! 何処におるのだ!」
「ああ、はいはい。ここに居るって」
 仕方がないからそのままの格好でジャハーンの所に行くと、ジャハーンがギョッと顔を強ばらせた。
「潤っ……そ、その有り様は一体何事だ」
「え? ああ、これ……まあちょっと」
「ちょっと? ちょっととは何だ。それに、お前、怪我は? 怪我はしておらんのか?」
「怪我って、別に今日の訓練では何も……」
「しかし、何やら慣れぬことをして怪我をしたらしいと噂が……」
「噂だろ? 俺はどこも怪我してないよ」
「そうか。それなら良い」
 溜息をついてから、ジャハーンがあらためて俺をまじまじと見つめた。
「それにしても、お前一体何をしていたのだ? 何やら甘い匂いがするようだが……」
「あー……まあ隠してても仕方ないか。実はさ、お菓子を作ってたんだよ」
「菓子? 一体何故」
「いや、ほら……あんたにあげようと思って」
「私に?」
 ジャハーンが軽く眉を上げた。
「たまにはいいかなと思ってさ」
「潤……お前、私の為に菓子を作っていたのか」
「うん。今焼いてるところ」
 途端に笑顔を見せて、ジャハーンが長椅子に腰をかけた。
「ありがとう、潤」
 嬉しそうなジャハーンがおかしくて、俺は手を引かれるまま膝の上に座りながら笑った。
「礼なら、食べてから言えよ」
「そうだな。それでは、頂くことにするか」
 そう言って、ジャハーンが俺の頬をペロリと舐めた。俺の腰を抱いている手が何やら妖しげに動き出す。
「ちょ、ちょっと、何やってんの?」
「だから、菓子を食べているのだ」
「はあ? 俺は菓子じゃないぞ」
「どこが違う。こんなに甘いのに」
「そ、それは、ただ汚れてるだけだって……あんッ」
 ふいに乳首を口に含まれて、俺はのけぞった。ジャハーンの熱い舌が、それを口の中でコロコロと転がす。
「ちょっと……あ……待てって。コラ、こんなところで」
「そうだな。お前の身体を痛めてはいかぬ」
 ジャハーンはその小さな突起をチュウッと吸って口を放し、俺をそっと抱き上げた。
 そのまま寝台に向かって歩き出そうとして、石のテーブルの所で足を止める。
「ジャハーン?」
「ふむ……これは良い」
 そう言ってまだ散らかっているその上から何かを手に取ると、再び歩き出した。
 ゆっくりと寝台に降ろされた俺は、少し陰になったジャハーンの顔を見上げて訊いた。
「さっき、何取ったの?」
「うん? いいものだ」
「いいものって何だよ?何かあったっけ」
 首を傾げる俺の口を、ジャハーンの唇が封じた。
「ん……」
 俺はうっとりと鼻を鳴らした。ああ、俺こいつのキスって大好きだ。
 甘く激しいキスに翻弄されていると、ふいに尻の谷間のそのまた奥にピチャリと濡れた指を感じた。いつもの香油だろうか?で もそれにしてはちょっと感触が違うような……。
「ジャハーン? 何つけたの?」
 俺がそう訊くと、ジャハーンがにやりと笑った。
「菓子作りには欠かせぬものだ」
「え? 菓子って……」
 その時、ふわりと鼻に甘い匂いが漂って来た。も、もしかしてこれって……。
 嫌な予感にギクリと身体をすくめると、ジャハーンがおもむろに俺のそこに舌を這わせて来た。
「はぁあうッ!」
「ああ、甘いな、潤……舌がとろけてしまいそうだぞ」
 やっぱり! こいつ、蜂蜜を使ったのか!
 俺は恥ずかしさの余り言葉を失った。た、たしかに、生地に溶けやすいように水で薄めてあるから、そこに使うにはちょうどいい緩さかもしれないけど……だけど、それ食い物だぞっ! 何考えてんだこの変態は。
「んんっ……んふっ、あん……」
 執拗に舌で舐めあげられて、俺はその奇妙な感覚に身体を捩った。
「馬鹿っ……うぁ……そ、そんなとこ……舐めんなっ……て、いつも言ってる、だろ!」
「しかし、これは蜂蜜だぞ? 口にするものだろうが」
「だ、だから……やめろって!」
 恥ずかしさと気持ち悪さの中にも、ある種イケナイ快感があって、俺は不本意にも追い詰められてしまう。
「ひゃあっ!」
 にゅるり、と舌が中に入り込んで来て、俺は情けなくも悲鳴をあげてしまった。だ、だって、だってそんなとこ舌を入れるような場所じゃないだろうが! そりゃ、本来アレを入れる場所でもないけど。
「いや、ジャハーン、あっく……やだ、やだぁ」
 細く尖らせたジャハーンの舌が、襞を掻き分けて内部に潜り込んでくる。もちろんごく浅いところまでしか入り込んでないわけだけど、まるで身体の中まで暴かれてしまったような気がした。
「蜂蜜が、切れたな」
 舌を蠢かせていたジャハーンがそう言って口を離したので、俺は安堵のあまり一気に身体の力が抜けてしまった。ああ、ちくしょう、恥ずかしかった……。
 しかし安心したのも束の間、ふいに指がそこをグイッと広げたかと思うと、何と奥まで蜂蜜が流し込まれたのだ!
「ひええええっ、なな、なんつーことを!」
 爆発しちゃうんじゃないだろうかと思うくらい、顔が熱かった。信じらんねえ。こいつは一体何がしたいんだ!
「おい、色気のない声を出すな」
 ジャハーンが苦笑しながらそう言った。
 色気なんてモノを俺に求めるな!ていうか、その前にそんなことをするな!
 俺が口をパクパクさせながら心の中でツッコミを入れまくっているというのに、ジャハーンはやけに嬉しそうな顔で再びそこに顔を埋めたのだった。
「あっ……やあっ、ジャ、ハーン……ってば、やめっ……」
 ジャハーンの厚めの舌が、執拗に穴の周りを嘗め回して、再び中に侵入してくる。
 いつもと違う、もどかしくも奇妙な快感に、俺はもうたまらなくなってしまった。
 ああ、こんなのやだ。こんなんじゃ、あの場所まで届かないじゃんかよ……もっと、もっと奥まで入って来て欲しい! もっと深くまで、いっぱいにして欲しい!
「ジャハーン! やだっ……ちゃ、ちゃんと……」
「うん? 何だ?」
「ちゃんとやってよ!」
「ちゃんと、何をするのだ?」
 にやにやしながら、これ見よがしにそこに舌を這わせる。
 くっそー、わかってるくせに。
「ちゃんと、入れろよ! 舌なんかじゃなくて……」
「何を?」
 こ、この野郎……。
 俺はキレた。
「てめえ! いいからさっさと、そのデカいブツ入れやがれっ!」
 俺が精一杯ドスを利かせてそう怒鳴ると、一瞬ジャハーンはぽかんとして、その後爆笑した。
「ハッハッハッハッハッハッ……わ、わかった。……クククッ、ハハッ、アハハハハハ」
 憮然とする俺の前で、一頻り大笑いしてから、俺を宥めるように唇を寄せてきた。
「すまなかった、潤。お前があまりに可愛いので、ついな。怒ってくれるなよ」
 謝りつつも、そのたくましい腹筋はまだ微かに震えている。
 ちぇっ、何だよ。少しはビビれっつうの。
 だけど、ジャハーンがこの上もない優しい眼差しで俺を見つめて、欲しかったその熱の塊をくれたので、俺もすぐにとろけた視線でうっとりとジャハーンを見つめたのだった。

 俺たちの行為が終わったのを見計らったように、焼き上がった菓子が部屋に運ばれて来た。
「おお、いい匂いだ。うまそうだな」
 ニコニコしながらジャハーンが焼き菓子に手を伸ばして、不思議そうな顔でそれを見つめた。
「この形は何だ? 何かを意味しているのか?」
 ジャハーンが手に取っているのは、ハートの形の焼き菓子だった。
 え? こいつハート型知らないのかよ。
「それ、‘ハート’だよ」
「はあと? 何だそれは」
「ええと、そう言われると困るんだけど……心、かな」
「心?」
「そう。俺の世界では、心とか愛とかを、そういう形で表すんだよ」
「なるほどな……」
 納得したように呟いて、ジャハーンはそれを口に放り込んだ。
「甘くて、うまいな。お前のようだ。潤」
 ブッ……よくそういうことを、臆面もなく言えるもんだよ。お前はイタリア人かっつーの。
「つまりお前は、この菓子を通じて私に愛を贈ったというわけだな」
「うん、まあ……そういうこと、かな?」
 そんなに深い意味はなかったんだけど、こいつが嬉しそうなんでそういうことにして置こう。
「それでは、お返しに私も愛を贈らねばならんな」
「え?」
 ジャハーンの手が伸びてきて、俺はドサッと寝台の上に倒された。
「こんなにも甘い愛をくれたのだ。それ相応のお返しをせねばなるまい」
「え、なっ……い、いいよそんなのっ。ていうか、さっきしたじゃん!」
「遠慮するな、潤」
「遠慮じゃない――ッ!」
 叫んだ俺の口に、ポトリとハートの焼き菓子が落とされた。
「……え?」
「自分でも食べてみろ。うまいぞ」
 そう言われて、俺は焼き菓子をモグモグと咀嚼した。
 焼きたてのそれは、まだ温かくて、香ばしくて……ジャハーンが俺を見つめる眼差しのように、とっても甘かったのだった。