天高く満月が輝く、王国の暑い夜。
 新婚二日目の王と王妃である神子は、今日も寝台の上で抱擁を交わしていた。
「潤……愛しい潤」
 頬を赤く染めながらも、ムスッとした顔を作ってみせるかわいい人に、王は口づけを繰り返した。いくら不本意な顔をしてみせたところで、その黒曜石のような瞳がうるんでいるのは隠しようがない。己の小さな唇が震えて甘い吐息を漏らしているということを、彼は知っているのだろうか。
 やがてその頑なな身体が隅々まで王の舌と手で愛され、解きほぐされていくに従って、滑らかな頬を快感の涙で濡らす。堪えようとしても堪えきれぬ喘ぎ声と共に、唾液をとろとろと口の端から溢れさせるその姿は、男を誘って止まぬ愛欲の少年神のようであった。
「あっ……あん、いやぁ……だ、ダメ、ジャハーン……ッ」
 ほっそりとしたしなやかな身体をくねらせながら、神子は王の赤味を帯びた金の髪を両手で掻き混ぜて引っ張った。まるでそうすることで、このどうしようもない快感から逃れられると言うかのように。
 しかしそんなかわいらしい抵抗に、王の欲望は却って熱く燃え上がった。
「嫌? 何が嫌だと言うんだ? お前のここはこんなに涙を流して喜んでいるというのに」
 真っ赤に紅潮した神子の昂ぶりはしどとに濡れそぼり、てらてらといやらしく光を反射していた。敏感なそこを悪戯な舌に責められて、どんなに乱れても清らかさを失わぬ神子は、もはや息も絶え絶えといった観であった。
「ば、馬鹿野郎っ、へ…変なこと、言うなよっ!」
 それでも憎まれ口を叩くのが、王にとっては睦言に聞こえるらしい。いつもは凛々しくも鋭い目元を、ニヤニヤとだらしなく緩ませた。
「わかった、わかった。もう言わぬ。……潤、良いか。入れるぞ」
「え……あ、ああっ……」
 何度体験しても、王のその太さ長さ、そしてたくましさには慣れることができないようだ。
 切なげに閉じられた神子の両目、頬に影を落とす長いまつ毛がフルフルと震え出した。
「あ、あ……い、いた……いっ……」
 全てが収まっても、なお苦しそうに顔を歪める。そんな神子に何度も口付けを落としながら、だが王は日に焼けて引き締まった腰を激しく使い始めた。
「痛て――――――――ッ!」(バキィィィィッ)
 神子が繰り出した拳を、王は見事に左頬に喰らい、仰け反った。いくら細いと言っても男の腕である。王の頬は無残にも赤く腫れあがったが、当の彼はその痛みなど気にする余裕もないようで、慌てて暴走しかける己の昂ぶりを引き抜いた。
「わ、悪かった潤。しかし何故だ? きちんとほぐしたというのに」
「剃り跡がチクチクするんだよ!(涙声)」
 なんという悲劇であろうか。
 剃毛後、僅かに生えてきた王の下肢の硬い毛が、神子の柔肌を傷つけたのであった。
 王は一瞬唖然としたが、さすが誇り高き太陽の王、すぐに自我を取り戻して愛する存在をなだめにかかった。
「そ、そうか、それは痛かったであろう。すまないことをした。すぐに剃毛させるゆえ、もう泣くな」
「う、うるさいッ、俺は泣いてなんかいない!」
 今にも涙が零れ落ちんばかりの両目を吊り上げて、神子は怒りの声をあげた。
「それに、今剃ったってまた生えてくるだろうが!同じことの繰り返しじゃないか」
「お前が嫌がるのなら、毎日剃毛させる」
「させるって……だ、誰に」
「剃毛は神官の役目と決まっている」
「なっ!」
 途端にもうこれ以上は赤くなるまいと思われるほど顔を紅潮させ、神子は烈火のごとく怒り狂った。
「馬鹿野郎! そんなことしたら、離婚だからな、離婚!」
「な、なな、何だと!? 潤、お前、そのようなことを私が許すと思っているのか!」
 王も負けずに怒鳴り返したが、黒いつぶらな瞳から一滴涙がこぼれ落ちるのを見て、急に口をモゴモゴ言わせた。
「い、いや、つまり、私はだな……」
「と、とにかく、ちゃんと生えるまでお預けだからなっ!」
 あわれ太陽王ジャハーン・タ・メリ陛下。
 愛しの王妃から絶交宣言をされ、なす術もなくその場に凍りつくのであった。

「ムスタファ! ムスタファは居らんのか!」
 乳香の香さえ聞こえぬ、まだ夜も明け切らぬうちから王に呼び出され、彼の側近であるムスタファ将軍は慌てて御前に馳せ参じた。
「王、ムスタファはここに」
 気性の激しい王に突然呼びつけられ、怒鳴り散らされることはこれまでにも何度かあったが、今日はどうやらいつにも増してお怒りのご様子である。ムスタファはすっかり恐縮しきって、王の下知を待った。
「ムスタファ、命令だ!」
「は、何なりと御意のままに」
「国中の育毛剤を持ってこい! 今すぐにだ!」
「はっ………………はあ?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、まさにこのことであろう。ムスタファは忠実で有能な側近としての表情を一瞬崩したが、そこは祖先から代々続く王直属の側近一族の誇りにかけて、すぐに深刻な顔を作ってみせた。
「御意は承りました。しかし国中の、というわけには参りませぬ。効果の優れたものをいくつか薬師に見繕わせますゆえ、暫しのお時間を」
「ならば、一日で毛が元通りになるものを用意させよ!」
「そ……それは、私の口からは何とも返事のしようがございませぬが、一体どうなされたのですか? 見たところ王の髪に何の異常も見られませぬが」
「誰が髪の話をしている!」
「し、失礼致しました」
「一日で毛が元に戻らぬならば、毛を柔らかくする薬でも良い。とにかく潤が痛がらなければ良いのだから」
「え? み、神子が何か…………あ……さ、さようでしたか。気が回りませず申し訳ありませぬ」
 王の必死の様子の、その原因に思い至ったムスタファは、心持ち耳を赤くして平伏した。
「良いな、とにかく即効性のある薬を持ってくるのだ!」
 威厳のある王の声が、王宮の空気をビリビリと震わせた。

 その頃、かの王の愛を一身に受ける美しき神子は、湯殿で身体を清めていた。
 生温い水温の湯船には、今朝摘んだばかりの花がたくさん浮かべられ、えもいわれぬ芳香を放っている。その湯を汲んで身体を流してから、神子はおもむろに自らの下肢をそうっと調べてみた。
「あーあ……赤くなっちゃったよ」
 赤くかぶれたそこを、そっと湯で洗い流している。
 その時ふいに、少し掠れたような高めの声が背後から聞こえてきて、神子は明らかにうろたえた。
「何処が赤くなっちゃったって?」
 浅黒い肌、ゆるく波打つ金の髪、目の覚めるような碧眼。長いまつ毛が艶かしい、神子の側仕えであった。
「ア、アマシス! お前勝手に入ってくるなよ」
 人払いをしていた筈なのに、何故彼が居るのだろうか。きっとまた無理を言って召使いの少年達を困らせて、強引に押し入って来たのだろう。顔を赤くしながらも、神子は眦を吊り上げて見せた。
「まあまあ、別にいいじゃない。潤と僕との仲なんだから」
「どーいう仲だよっ」
 ぷりぷり怒る神子の様子などちっとも意にかけない様子で、彼はまるで忍び寄る猫のような仕草で己の主人ににじり寄った。そして、おもむろに神子の秘められた聖地を覗き込む。
「ああ、これはヒドイね」
 その深刻そうな声に、文句を言いかけた口を閉じ、神子はたちまち不安そうな面持ちになった。
「え……そ、そんなにヒドイかな?」
「うん、良くないね。このままだと、爛れてしまうかもしれない」
「ただれて……って、ど、どうしよう! 変なバイ菌が入っちゃったのかな?」
「まあ、でもすぐに薬を塗れば良くなるよ」
「本当か? でも、薬ってどんなの?」
「僕が塗ってあげるよ」
「え、アマシス持ってんの?」
「肌身離さず常備してるよ」
 そう得意げに言い放った自らの側仕えを、神子は頼もしそうに見上げた。
「さすが、ジャハーンの側仕えやってただけのことはあるよな」
「ふふ、まあね。ほら、足を開いてごらん」
「えっ……い、いいよ。自分で塗るから」
「それは無理だよ。誰かにやってもらわなきゃ。他の奴にやらせるっていうんなら、それでもいいけど?」
「うっ……」
 神子は困ったように眉根を寄せた。
 そんなところを人目に晒すのは恥ずかしいけれど、他の召使である少年達に見せるくらいなら、まだ目の前の彼のほうが良いのではないか。そう迷っているようだった。
「ほらほら、いい子だからおとなしく足を開いて」
 ぐいっと両手で足を割られても、抵抗を諦めておとなしくしている。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めて、目を固く瞑っているその様子は、思わず笑みを誘われるほど愛らしかった。その姿を存分に目で愛でてから、側仕えはキラリと目を輝かせて、長い舌をコブラのようにチロチロと蠢かせながら、神子の赤くなった秘所を舐め上げた。
「なっっっ!?」
 目をぱっちりと開けて口をパクパクさせる神子に構わず、少年は更にそこに舌を這わせる。
「ああんッ! ……だ、お、お前、馬鹿、何やってんだよ、あああっ!」
「何って、薬を塗っているんじゃないか」
「あ、う、嘘つくなっ! ど、どこ…ああっ、……どこが薬なんだよっ」
「唾液は万能の薬っていうだろ?」
 してやったりと言わんばかりの笑顔で、彼はすっぽりと神子の雄の証を咥え込むと、上顎と舌を使って上下にしごき始めた。たえなる舌技に、神子は抗う術もなく乱されて行く。
「て、てめえ、覚えてろ……よッ! はああぁ……」
 軟体動物のような舌が、慎ましやかに閉じられた秘所の辺りに迫ると、神子はもう耐え切れないと言った風に髪を振り乱した。僅かな痒みさえ覚えるほど敏感になったそこを、舌先で擽られてはたまったものではないだろう。
 たっぷりの唾液と共に嘗め回されて、癖のない漆黒の髪を振り乱しつつ神子は悶えた。
「やぁ……そ、そんなとこ……ッ、……あ……うぁんっ……」
 やがていやらしい音と共に先端に吸い付かれて、麗しき王妃はその聖なるしぶきを側仕えの口中に放った。初めて味わった後宮の男の閨技に、息も荒く胸を上下させながら茫然自失の観である。
「ああ、おいしかった。ごちそうさま」
 食後に甘味を、とばかりに神子の唇を啄ばんで、側仕えの少年は妖艶な微笑みを浮かべたのだった。

 やがて東の空にゆっくりと太陽が姿を見せ、王国の一日が始まろうとしている。
 一斉に乳香が焚かれ、その香気が朝焼けの空を昇って行く。
 
 太陽の王国は、今日も平和であるようだった。