明日なんていうのは、今日の延長線上にあると思っていた。
 だってそうだろ。多少の出来事の違いはあっても、朝になれば起きて、学校に行って(時々さぼったりはするけど)、部活に出て、その後ダチと遊んだり飯喰いに行ったりして、そんで帰ってきて風呂入ってTVでも観ながらまた飯喰って寝る。いたって普通の男子高生である俺にとって、それが日常だった。
 とりあえず朝になれば、昨晩寝た場所で目が覚める。寝てる間に、えっさほいさと誰かに抱えられて移動させられるなんてこと、お笑い番組のネタでしか有り得ない。
 でもその日の俺には、それが起こったんだ。
 もちろんTVのどっきりカメラなんかじゃないし、ダチの悪戯なんかでもない。というか、人間の仕業では有り得ないだろう。
 その朝俺が目を覚ますと、目に映ったのは見慣れた天井なんかじゃなかった。
 雲ひとつない、何処までも青い空。眩しい朝の日差し。
 耳に届くのは川のせせらぎ。
 そして肌に感じるのは、しっとりと湿った土と、やわらかい苔の感触だった。

 
 俺、黒石 潤は最近少し弱っていた。
 何故かというと、かなり寝不足だったからだ。
 何故寝不足かというと、夢見が悪かったからだ。
 怖い夢を見るから眠れない、なんて、高校一年生にもなって誰かに相談出来るわけもない。そういうわけで、俺は一人で悶々と悩み、そうこうしているうちに眠れない夜はまたやって来て、やっとうとうとしかけたかと思うと、夢にうなされて自分の悲鳴で飛び起きるのだった。
 別に出刃包丁を持った殺人鬼に追いまわされるとか、そういう類の悪夢じゃない。
 夢の中で、俺はただ船に乗っている。
 船は川の真ん中あたりでぷかぷかと浮いていた。川はとてつもなく大きく、そして底が見えないくらい深い。俺は初めてこの夢を見たとき、これはひょっとして三途の川とかいうやつじゃないだろうかと思ったのだが、どうやら少し違うようだった。
 川の右の対岸には、俺の日常が見える。自宅とか、学校の校舎とか、部室とか、制服を着たダチとか、家族とかが、わけのわからない配置で立っている。いくら声を張り上げても、俺の存在には気付かない。
 左側の対岸には、広大な砂漠が見える。そんなの映画やTVでしか観たことがない。何処までも砂の大地が広がり、熱で空気が揺らいでいるのがわかる。
 俺は日常側の岸に行きたいのだけれど、でも行ってはいけないことを知っている。そして、行きたくないのに、砂漠の方に行かなければいけないことも知っている。何故かはわからない。でも、知っているのだ。
 オールも何もついていないその小さな船は、ぴくりとも動かない。
 だから俺はそのまま船に座ってぼうっとしているのだが、ふいに、川の下流から微かな音を感じる。地響きのような音だ。それは段々大きくなって、ふと気がつくと異常なほど大きな波がそこにある。どれくらい大きいかって、はっきりとはわからないけれど、多分四階建てのビルくらいの高さはあるんじゃないだろうか。川からその水を溢れ出させながらものすごい勢いでこっちへ向かってくるけれど、あまりの恐怖で動けない。そしてついに俺を飲み込もうとするとき、俺は悲鳴を上げるのだ。
 そんな夢が、ここ一ヶ月ほど俺を苛んでいた。
 ノイローゼになりそうだった。
 
 そしてその夜。俺は違う夢を見た。
 ただ暗闇の中にいて、胎児のように丸くなっている夢だ。
 俺は心の底から安らいでいて、何も怖くはない。
 そこはただ暗くて、暖かくて、静かだ。母親のお腹の中ってこんな感じだろうか。でもお腹の中だと、心臓の音が聞こえるっていうしな。
 そんなことをぼんやりと考えている。ただそれだけの夢だった。
 そして、目が覚めると、そこは別世界だった。

 文字通りの、別世界だった。



第一章  神子と砂漠の王



 俺は正直、まだ夢を見ているんだと思っていた。
 普通信じられないだろ。こんなこと。
 そして段々と目が覚めてきて、夢じゃないことが分かると、パニックに陥った。
 一体何なんだよこれ。は? 川? ていうかここ何処?
 きょろきょろと辺りを見回すと、高く繁った草の中に、一人の背の高い男が立っているのが見えた。
 そいつは浅黒いマッチョな身体を白い布で包み、ギラギラした目でこっちを睨んでいた。なので俺は、「あのー、ここ何処ですか」なんて聞くことも出来ず、ただ蛇に睨まれた蛙みたいにカチンコチンに固まっていた。
『お前は、神子か?』
 はい?
 大きなドラ声で、そいつは怒鳴った。なに? 何で怒ってんの?
 ていうか、やっぱり日本語じゃないのね……。
『預言者が言っていた。今日、シシロ河に神子が流れつくと。お前が、そうか?』
 何か言ってる。やばい、怖い。何であんなにガンとばしてんだよ。俺なんかした?
 俺がびびって無言でいると、そいつはガサガサと音を立てて草を掻き分け、大股で俺のもとへとやって来た。うう、来るなよ。ていうか、こいつでかい。俺だって身長170あるのに(ほんとは169なんだけど)、頭一つ分はでかいんじゃないか?何かすっげー威圧感ある。
『何故黙っている。そうなら、そうだと言ってくれ』
 また何か言ってる。やっぱり怒ってるらしい。不法侵入者だと思っているんだろうか。ここ、立ち入り禁止地帯か?
『おい、答えろ、お前は……』
「すいません! ごめんなさい! 俺知らなかったんです。ていうか、気がついたらここにいたんです。たぶん言葉わかんないと思うけど、この通り、謝るから許してください!」
 とりあえず早口でまくしたてて、両手を合わせて拝んでみた。
 無言。しーん……とか言ってみちゃったりして。
 手を合わせたままちらり、とそいつの顔を見上げると、そいつは何故か顔を真っ赤にして(つっても日に焼けてるからあんまり変化ないみたいだけど)、目をうるうるさせて俺を見ていた。
『やはりそうか! その言葉、その挨拶……お前が神子なのだな!』
 何か喜んでるみたい。外人が珍しかったんだろうか? 何かここ田舎みたいだもんな。すっげえ辺鄙な所。
「えーと、どうしよ。Do you know somebody who can speak Japanese?」
『神子よ、我が城へ案内しよう。裸足では傷がつく、私が抱いて行こう』
 英語が通じたのかどうか、そいつはぐいっと俺に近づくと、太い腕で俺を抱きかかえた。
 ……これって、お姫様抱っこってやつ?
「うわっ、何やってんだよあんた。降ろせよ!」
『神子、案ずるな。私は神子の敵ではない。神子を敬い、愛する者だ』
「え? だから通じないんだって! ていうかマジ降ろして!」
 さっきも言ったと思うけど、俺一応身長170センチあるわけ(いやほんとは169なんだけど)。それに、最近寝不足のせいであんま喰ってないから痩せたけど、それでも55キロ割るってことはないと思う。男にしては軽いかもだけど、こんなひょいって抱えて、息も切らさずスタスタ歩けちゃうってどういうこと? 信じらんねえ。
 それに、身体が密着してるからよくわかる。こいつ、ほんとにガタイいいよ。
 胸板なんてすっごい厚い。それに、腕もムキムキ。なんか、男くせえ体臭がプンプンって感じで、正直あまり近くによりたくないんだけど。
 いくらわめいても暴れても降ろしてくれる気はないみたいなので、俺は諦めて目の前にあるそいつの顔を観察してみた。
 一言で言って、うーん、ワイルドって感じ。
 こんがり焼けた肌に(元々の肌の色なのかな?)、ビシッとした眉。襟足の辺りまである髪は赤っぽい金色で、クセッ毛なのか、ゆるーくピンパーマかけたみたいにくるくるはねてる。目も金色。こんなの初めて見たよ。すげえ彫りが深いってわけじゃないけど、とにかく野性的っていうか、例えるならライオンとかトラとかの肉食獣って感じ。こうやって横顔見ると、かなりイケてるんじゃないかと思うんだけど、何にしても迫力がすごすぎてあんまりお近づきになりたくはないタイプだ。ましてや男である俺にとっては、劣等感ビシビシ感じまくりで引いてしまう。
「あのー……」
 気まずさを解消する為に、とりあえず話し掛けてみた。
『何だ?』
「えっと、名前、なんていうんですか? 分かる? 名前。Can you tell me your name? 俺は、黒石 潤。潤。名前、潤ね潤」
 自分の顔を指差して、潤、潤と繰り返す。そして、ピッとそいつの顔を指差す。
「お兄さんは?」
『名前か? ジュン……神子は、ジュンという名前なのか? 私は、ジャハーンだ』
「え?」
『わかるか、ジュン。ジャハーン。ジャハーンだ。言ってみろ』
「ジャハーン、ジャハーンっていうの? それが名前?」
『そう、ジャハーンだ、ジュン』
「あはっ、通じた。ジャハーン。ジャハーンっていうんだね」
 何だか嬉しくてにこにこすると、急にジャハーンはぴたっと歩くのを止めた。えっと思って顔を見上げると、目をまん丸にしてこっちを見ている。耳が少し赤くなってるみたいだ。
『ジュン……なんて美しいんだ』
「あの、俺なんか変なこと言った? ジャハーンって、名前でいいんだよね? Your name is JAHAHN,isn't it?」
『そう、ジャハーンだ。ジュン、もう一度笑顔を見せてくれ。ああ、さっきは興奮して気がつかなかったが、ジュンは本当に綺麗だ……こんなに黒い瞳を、私は見たことがない』
 やべえ、やっぱ英語通じてないみたいだな。でも、名前はあってるみたいだけど。
 困った顔をしていると、俺をじーっと見ていたジャハーンはやがて諦めたのか、溜息をつくともう一度歩き出した。気のせいか、さっきより俺を抱く腕に力がこもったように感じる。
『ジュン……神より遣わされし神子、私の花嫁よ。早くお前を抱きたい。お前の全てを私のものに……』
 俺は、ジャハーンの言葉を理解できなかった。
 もしこの後何が起こるか知っていたら、俺はこいつのキ○タマを蹴り上げてでもこの腕から脱出し、地の果てまでダッシュで逃げていただろう。でも、言葉がわからないから、この後のことなんて、もちろんこれっぽちも予想できなかったのだった……。


 あの後、すぐにジャハーンは仲間の男達と合流して、3〜4時間ほどかけて馬とラクダを乗り継いで、ものすごく大きな建物に俺を連れて行った。どうやらジャハーンはこの石造りの建物の持ち主らしかった。そこここで働く男達が、みんなジャハーンに恭しくお辞儀をする。さっき合流した仲間の男達も、みんな迫力があって、中には20代半ばと思しきジャハーンよりもかなり年上の人もいたけど、ジャハーンにかなり気を使ってるみたいだった。
 俺は建物についてすぐにジャハーンと引き離され、ほっそりとした少年達に囲まれて何やら奥の方へと連れて行かれた。天井から下がった透けるカーテンがいくつも重なった、奥の奥って感じの、お香のような香りが漂うちょっと妖しい雰囲気の部屋だ。部屋の中央には、大きなプールがある。
 ジャハーンの姿が見えなくなると、俺は急に心細さを感じた。どうやらこの数時間の間に、初めて目を開けた雛が、目の前で動くものを親だと思うように、俺はこの異国でジャハーンにインプリンティングをされてしまったようだった。
 五人くらいいる少年達はみんな13歳くらいから、せいぜい俺と同い年ってくらいだ。何じゃかんじゃ言いながら俺の服を、むしりとっていく。どうやらこのプールに入れということらしい。
 暑さで身体がべとべとしていたので、ありがたい。
 俺は途中から自分で服を脱ぎ出すと、プールに入った。水温はぬるめで、いい匂いがした。少年達は俺をぽかんとした顔で眺めたあと、少し慌てたような顔をして目を反らした。みんな耳が赤くなっている。
 ひょっとして水着かなんか着なきゃいけなかったのかな。
 しばらくすいすい泳いだり、もぐったりしているうちに、少年達が何か言いながら手招きをした。出ろってことかな、と思ってプールから上がると、三人くらいが、柔らかい布を手にもって俺に近寄り、身体を拭いていく。
「うわっ、いいって。自分でやるって」
 びっくりして後ずさったけど、言葉が通じないからわからないみたいだ。
 面倒くさいので、恥ずかしいけどなされるがままにしておいた。
 一通り身体や髪の水気を拭き取ると、今度は二人が高そうな壺を持って近づいてくる。
 そして、その中から、これって香油っていうのかな? いい匂いのするサラリとした油を俺の身体にぬりたくっていく。
「何してんの君ら。ちょっと待ってよ。うわっ、くすぐったいって」
 おれは恥ずかしいやらくすぐったいやらで、顔を真っ赤にしながら身をよじった。
 すると、少年達も耳を赤くして目をうるうるさせながら(ジャハーンみたいだな)、それでも手を休めることなく、俺の身体に油を塗りこめる。
 ……行ったことないけどさ、なんかソープみたいじゃないこれ。しかもホモの。
「ぎゃっ!」
 ふいに、とんでもないところに手の感触を感じて、俺は叫んだ。
 ななな何、何してんスか君たち。
 少年達は、今度は俺の大事な息子さんに手を伸ばしたのだった。
「ちょっと、いいって。そんなとこ塗んなくて。ぎゃーっ、そういう君はどこ触ってんの!?」
 後ろに居た一人が、何と俺の尻と、肛門に香油を塗り始めたのだ。
「やっ、やめてくれー!!! あっ、マジやばいって。ほんと。うわーっ!!!」
 息子を触る手は何か勢いを増すし、後ろの子は俺の肛門に指を(!)入れ出すしで、俺はマジで泣きそうになった。やばい! こいつらみんなホモだ! じたばたして逃げようとしたけど、両脇からがっちりと押さえ込まれて、床に膝をつけたまま固定されてしまう。
「あっ……やん」
 ぎゃあ!!! なんて声出してるんだ俺は! ていうか、そこだめ、ほんとだめ。ああ、何か……ううっ、イっちゃうよぉ。
 しかし、俺はイかなかった。
 というか、イかせてもらえなかった。
 あとふた擦りで(失礼……)昇天というところで、急に息子からパッと手が離され、後ろからズボッと数本の指が抜かれたのだ。
 マジっすか……。ここでやめるなんてひどすぎない?いや別に、してくれっていうんではないんですけど。
 少年達は、ハアハアと息を荒げながらも(こ、怖いよう……)身体を起こし、新しい布で余分な油を拭き取ると、スケスケのエロい布で俺の身体を包み込んだ。スケスケということは、俺のばっちり元気になっちゃった息子さんもスケスケなわけで。
 ううう、何だか体中がムズムズする。
 あの香油になんか薬でも入ってたんじゃなかろうか。
 俺の息子さんも、尻の穴も、どこもかしこも、妙なむず痒さでいっぱいである。
 少年の一人に手を引かれながら、俺は少し前かがみになって、その部屋を後にした。