「失礼致します。お飲み物をお持ちいたしました」 ピピがまたもや丁寧にお辞儀をして、部屋に戻ってきた。 「おれはジュンです。お前はピピです」 俺は通じるかドキドキしながら、ピピに話しかけてみた。 「……! 神子、お言葉が!?」 「みこ? おれはジュンです」 「神子が、我らの言葉をお話しに……」 「私が教えたのだ。ジュンは中々筋が良い」 目をうるうるさせているピピの横で、ジャハーンが何故か胸を反らせている。 「なんてご聡明でいらっしゃるのでしょう」 「私の神子なのだ。さもあろう」 何か話しながら、二人はウンウン頷き合っている。 ……とりあえず、俺について話しているんだろうっていうのはわかるんだけど……くそう、何なんだよ、一体。 ていうか水はっ? 「ピピ、のみたいのみもの?」 「あ、し、失礼致しました。オリーブ茶をお持ちいたしました」 ピピが木製の丸っこいワイングラスみたいなコップを差し出してくれたので、俺はそれを受け取った。えっと、ありがとうって何て言うんだろ。 『ありがと』 とりあえず日本語でそう言って、中を覗き込んだ。コップの木の色もあってよくわからないけど、どうやらお茶みたいだ。匂いを嗅いでみると、緑茶とかウーロン茶とかとは全然違うけど、何処かで嗅いだことがあるような匂いがした。ちょっと油っぽいような、緑の匂いだ。 試しに一口飲んでみる。 『甘っ!』 ぬるいお茶は、どんだけ砂糖入れたんだってくらい甘かった。蜂蜜か何かなのか、こってりした甘さだ。後から、ほんのり苦味を感じた。 「お口に合いませんか?」 ピピが心配そうな顔をしている。俺が顔をしかめたせいかと思うと、ちょっとバツが悪い。 『いや、大丈夫。つっても、わかんないのか……』 俺は慌ててもう一口お茶を飲んでから、ニッコリしてみた。 『おいしーです!』 「どうやら気に入ったようだな」 「はい。よろしゅうございました」 最初に飲んだときは余りの甘さにびっくりしたけど、身体が糖分を求めていたのか、思ったよりおいしく感じた。まぁ、ゴクゴク飲める感じではないけど……。 「ジュンはどうやら、言葉を覚えようとしているらしい。ピピ、引き続きお前をジュン付きとする。言葉やこの国のしきたり、歴史などを徐々に教えて行け」 「ぼ、僕が……!?」 ピピがいきなりその場に跪いた。えっ、ど、どーしちゃったわけ? 「ありがたき幸せにございます! 王!」 「お前はまだ幼いが、優秀と聞く。どうやらジュンもお前が気に入ったようだ。――しかし、わかっておるな。もしものことあらば、その咎は一族に及ぶ」 「この命を懸けまして、神子にお仕えさせていただきます。けして分を忘れず、忠義を尽くします」 「その言葉、しかと聞いたぞ」 そのままの姿勢で、ピピとジャハーンが会話をしているけど、俺はついていけずに口をぱくぱくさせるばかりだった。 『って、おい、あんた、ジャハーン! こんな小っちゃい子いじめてんなよ』 俺はとりあえず、ジャハーンに向かって抗議をしてみた。 「なんだ、ジュン。何を興奮しておる 『ピピに土下座なんかさせんなっつってんの! くそっ、通じねーかな』 「おお、ジュンも喜んでいるようだ」 「……えっ? ……は、はい。あの、そうだと良いのですが……」 言葉は通じてなくても、ピピは何となく俺の言いたいことを感じ取っているような気がする。それに比べ、こいつはダメダメだ。なんか知らないけど、嬉しそうにしてるし……。 むうう、と唇を尖らせていると、ふいにジャハーンの手が伸びてきて、俺の頬を触った。 『わっ、な、なんだ?』 「そのような顔をして……まったく、愛い奴よ」 妙な手つきでさわさわしてくるので、鳥肌が立ってしまった。 『やめろっ。俺は、男に顔撫でられる趣味なんかないっつーの』 俺は慌ててジャハーンの手を払った。 ジャハーンがひょいっと片方の眉を上げる。 「何だ、ジュン。何を恥ずかしがっておる。私とお前の身体は、既に夫婦同然なのだぞ」 『う、うるさいな。何言ってんだかわかんないんだって』 やっぱこいつじゃ駄目だ。 「ピピ」 「は、はいっ。何でしょうか、神子」 『嫌だって、何て言うんだ? 嫌って。ノーって』 俺は必死に、顔の前でバツ印を作ってみたり、手を振ってみたり、イヤそうな顔をしてみたりした。 「え? 嫌い、ということでしょうか?」 『なんて?』 「嫌い、です」 「キライ」 「あの、もしくは、お嫌ということでしょうか。いやだ、と?」 「ヤダ」 「何故、ここでそんな言葉が出る?」 訝しげな顔をして、ジャハーンが割り込んできた。セクハラ教師みたいに俺の身体に触るので、俺は容赦なくそれを振り払ってやった。 「ジャハーン、やだ、キライ!」 「…………」 ジャハーンの顔がむっとなる。うっ、言いすぎたのかな……だけど、ここで意思をハッキリさせておかないと、後でもっと困ったことになりそうだし。 「み、神子、そのような……」 ピピがおろおろしているので、俺は安心させようと、ピピの顔を見てニッコリ笑った。 「ピピのみたい」 「えっ? あ、は、はい。かしこましました」 ピピのことは好きだよって伝えたつもりだったんだけど、何故かピピは俺が持ってるコップにお茶を注ぎ足した。やっぱ、駄目かぁ。 「ジュン、言葉が間違っておるぞ。ジャハーンが好きですと言うのだ」 『え? なんて?』 「ジャハーン、好き。だ。言ってみよ」 「しゅき?」 「すき、だ」 「すき」 「おお、そうだそうだ。それに、私の名前を続けて言ってみよ。ジャハーン、すき、だ」 にやにやしながらその言葉を俺に言わせようとするので、何だかピンときた。ふん、その手には乗らないもんね。 「ジャハーン、やだ、キライ」 「…………」 「ピピ、すき」 「…………」 何故か、ピピが顔を青くして俯いてしまった。 ジャハーンといえば、ひきつった顔で口もとをピクピクさせている。 「やはり、ジュンは言葉の意味がわかっておらぬ。しかと教えるのだぞ、ピピ」 「は、はいっ!」 ピピがやけに元気の良い返事をした。 →3 →TOP |