「太陽王、並びに水の王妃両陛下、ようこそお出でくださいました」
 神殿建設指揮官のポティノスが、嬉しそうな笑顔で俺達を出迎えた。
「ポティノス、元気そうだな」
 輿から降ろしてもらった俺がそう言うと、ポティノスは皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。
「少なくとも、今手掛けている彫像を完成させるまでは、殺されても死ぬわけにはまいりませんな」
「――ポティノス」
「お、これは、失礼致しました」
 ジャハーンとポティノスのやりとりに首を傾げていると、深く頭を下げていたリシクが身体を起こした。
「ご覧になりますか? 王」
「そうだな」
 二人が交わす会話に、俺の心が少し熱くなった。
 ――世界が違っていたなら、兄弟として育っただろう二人だ。
 ムテムイアによく似た面差しのリシクを、ジャハーンはどういう風に見るのだろう?
 そう思ってチラリとジャハーンの表情を伺ったが、いつもどおりの堂々とした、ちょっとふてぶてしい顔つきだった。
「それでは、ご案内致します」
 ジャハーンの前だからか、相変わらずのポティノスを尻目にリシクの表情は硬い。ただ単に緊張しているだけなのかもしれないけれど。
 護衛や神殿建設の作業員達に囲まれて神殿内に足を踏み入れると、とたんにひんやりとした空気に包まれた。以前視察に来た時に比べると、目を見張るほどの進行ぶりだった。
 とにかく全てが大きくて、何度見ても圧倒されてしまう。
 空間の広さ、柱の太さ、そして天井の高さ。ガリバーがやってきたってここで暮らせるんじゃないかというくらいだ。
 ここの地下にムテムイアのお墓があって、そこに自分達の絵が描かれているなんて不思議な気がした。
 ‘あの時’のことを思い出すと、今でもけっこう複雑な気分だけど……でも、今こうしてすぐ傍にジャハーンがいて、なついてくれる子供達がいて、仕事は大変だけどやりがいがあって、友達(って俺は思ってる)もいて、毎日充実してるなって思ってるから……つらい気持ちにはならない。
 俺はそっとジャハーンの手を握った。
 きりっとしたジャハーンの表情が、少し緩む。
 男同士で手をつなぐのなんか、寒すぎるってわかってはいるんだけど、‘夫婦’になって何年も経つし、周りも何にも言わないからこのぐらいいいかって思ってる。
「お前は本当に、手を繋ぐのが好きだな」
「いいじゃん、別に」
「そのようにむくれるな。悪いとは言っておらん」
 まあ、確かに……ジャハーンはちょっと甘い顔をして、俺を見つめてる。たぶん俺も、同じような顔になってるのかも。新婚夫婦じゃあるまいし、こーいうのもどうかなって思うんだけど、まぁ仕方ないよな。気持ちに嘘はつけないってやつだ。
 こっそり(一応そうしてるつもり)手をつないだまま、俺達は神殿の奥へ進んだ。一番奥の巨大な部屋に入って、俺は思わず「おおーっ」と言ってしまった。
 そこにあったのは、途方もないほど大きな二つの彫像だった。
 見上げていると首が痛くなるほど大きい。
 まだ制作途中なんだろう、足元はほぼ岩のままだった。だけど彫像の表情や身につけてるものなんかが結構リアルに表現されていて、ほんとにすごい。
 男女のペアかなって思ったけど、よく見ると違うのがわかる。
 見るからに男ってわかる方は、神様か王様なんだろう。凛々しい表情をしていて、とにかく迫力がある。その隣の方は、一見優しげな感じで女みたいなんだけど、体つきが女とは違うし、服装も中性的な感じだ。
 ん? これって、もしかして……。
「俺達?」
 ポティノスがおかしそうに頷いた。
「もちろん、そうですとも。他にどなたがいらっしゃいます」
「って、えーっ! こんなでっかいの造ってもらっちゃって、いいの!?」
 本気で驚いていると、周囲から穏やかな笑い声が漏れた。
「太陽王と水の王妃を称える為の彫像でございますぞ。また、今の王国の繁栄とお二人の偉大さを後世まで伝えるべく、皆喜んでノミをふるっているのでございます」
 わぁ、そんなこと言われると照れるな。でも、いいのかなって感じ。俺なんか、普通の男なのにな。
「まだ制作途中でございますが……いかがでしょう?」
 俺はなんと言っていいかわからなくて、ちらっとジャハーンを見上げた。
 ジャハーンがニヤッと笑う。
「なかなかいい出来だ。完成を楽しみにしておるぞ」
「はは……ありがたきお言葉にございます」
 みんなが、深々とお辞儀する。
「まあ、威光を示すのも良いが……夫婦の像を造らせておるのだ」
 ジャハーンの言葉に、ポティノスが「わかってますよ」みたいな顔で何度も頷いていた。
 どういうことだろう? と思ったけど、昼食までには宮殿に戻らなくてはいけないので、あんまりのんびりしている暇はない。「それでは、次の間へ……」と促すリシク達に連れられて、俺達は名残惜しいけどその場を後にしたのだった。





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