『ううう、あの絶倫野郎……好き勝手しやがって』 風呂場で2回、寝室に移動して3回。 散々泣かされた明くる日の朝、俺は寝室でひたすら惰眠を貪っていた。目が覚めてからも、とにかく身体中がだるくて(特に腰)、ベッドから起きることができなかった。 ああ、こんな調子でずっといたらどうなっちゃうんだろう。あいつの身体なしでは生きていけなくなっちゃったりして。そうして、日本に帰ってからも男の味を忘れられず、ホモの道まっしぐらなんてことになったら……ああっ、俺の薔薇色の青春の夢はどうなるんだよ〜〜〜! そんなことを考えながら枕に噛り付いていると、ふいに遠くから賑やかな物音が近付いてくるのに気付いた。数人の足音……それから誰かが怒鳴って、それを諌めているような感じだ。ジャハーンかな? でもあいつ昼間は仕事あるみたいだしなあ。あれ、ピピの声も聞こえる。 「アマシス様、お待ちください! ここより奥は、何人たりとも通すなとの王の仰せです!」 「うるさいね、下衆の分際で僕に指図するんじゃないよ」 「アマシス様、なりませんぞ! いくら貴方様とて、王のお怒りを買うことになります!」 「ふん、それが何だっていうのさ。僕を誰だと思っているんだ、王の一番の寵愛を受けているのは、この僕だぞ! それが神子だかなんだか知らないが、この僕に何の挨拶もなしに後宮の母屋を使うなんて! 僕がその根性教育しなおしてやる!」 「どうぞお戻りください! あっ、ムスタファ将軍、何をなさっているのです。アマシス様を止めてください!」 「いくら私でも、ここより先には行けん……ピピ、私はこれから王を呼んでくる。お前はアマシス様が暴挙を働くことのないように、身体を張って神子をお守りするが良い」 その騒ぎの原因と思しき人物が飛び込んできた時、俺は思わずぼんやりと見とれてしまっていた。 ……すげえ、かわいい。 金髪碧眼の、もんのすごい美少女である。ちょっと垂れた目尻がご愛嬌で、褐色の肌が何ともエキゾチックな雰囲気を演出している。でも、その裸の胸元を見て、俺はがっくりと来た。……男かよ。 「お前が、神子?」 高飛車な感じのハスキーボイスで言いながら、つかつかと俺の所に歩いてくる。そこに、ピピがさっと立ちはだかった。 「なりません、アマシス様!」 「うるさい! 退け!」 アマシスと呼ばれたその美少年は、ピピをどんっと突き飛ばした。ピピは、壺に身体を強く打ったらしく、うう、と唸って蹲ってしまった。 『おいお前! なんてことすんだよ! こんな子供に! おいピピ、大丈夫か?』 俺が慌ててピピの許に走り寄ろうとすると、アマシスは俺の腕をぐいっと掴んで、ベッドに突き飛ばした。 『うわっ!』 「下衆の心配をするなんて、お優しくていらっしゃるね。何処の馬の骨だか知らないけど、神子だとか何とか言って王をうまく誑かしたつもりだろうが、この僕が黙っちゃいないよ!」 うわっ、怖え〜。なんだこいつ、ヒステリーか? 「よくも恥をかかせてくれたね。今まで僕の許には、三日と空けずに足繁く通っていらしたのに、お前が来てからというもの一度も王は顔を見せてはくださらない。お陰で、後宮の他の奴らは、自分のことを棚に上げて、僕一人を笑いものにしやがって! ええい、憎らしいっ。どうしてくれよう。その顔に傷でもくれてやろうか。おい、顔を上げろ!」 ぐいっと髪を掴まれて顔を上げさせられる。ひえー、この剣幕は何なんだよ。まさに今俺って、シメられてるって感じ? 「…………な、なんだこの肌は。この目、この髪、本物か?」 アマシスは怒りを宿したままの青い目で、俺を睨んだ。 「成るほど、美しい顔をしている。だが、その顔に醜い傷がついたら王はどうなさるかな。そうだ、火傷でも作ってやろうか? 白い肌に焼け爛れた痕がついたら、王はきっとお前を見捨てられるだろうよ!」 げえーっ、こいつなんか恐ろしいこと言ってないか? しかも早口でよく聞き取れなかったけど、どうやら痴情のもつれで怒り狂ってるって感じだぞ。こいつ、ジャハーンのおホモだちか? 「何をしている!!!」 そこに、これまた鬼の如く恐ろしい顔をしたジャハーンが現れた。アマシスに髪をきつくつかまれている俺を見ると、獣のような咆哮を上げ、猛烈な勢いで突進して来た。俺は恐ろしさの余り、アマシスの手の力が抜けたのをいいことに、ぎゃーっと叫んで蹲った。怖い、殺される! でも、殺されたのは俺じゃなかった(当然か。俺何もしてないもんな)。 どかっとものすごい音がして、顔を上げると、アマシスがジャハーンに蹴りまくられていた。 『ジャハーン!』 驚いて俺が声をあげると、ジャハーンはぐるっと振り向き、ピキンとまた固まってしまった俺をぎゅうっと痛いくらいきつく抱きしめた。 「潤、すまなかった。怖い思いをしただろう。警備の者によく言い聞かせておいたのだが、まさかこんなことになるとは! アマシスは処刑する。警備の者も同罪だ。もう二度とこのようなことは起こらないようにするから、安心しろ」 えっ、ショケイって、どういう意味? 俺がきょとんとした顔をすると、ジャハーンはああ、と頷いた。 「言葉が難しかったな。処刑とは、死を以って罰を与えるということだ。アマシスは、罰として殺す」 『はああぁぁああ!?』 「おい、ムスタファ、ゾーセル! 連れて行け」 ジャハーンが怒鳴ると、そこに土下座をして控えていたおっさん二人が、「はっ!」と返事をして、目を伏せたまま、ボロ布のようになったアマシスを両脇から抱えた。 『ちょっと待てよ!』 俺はジャハーンの腕をすり抜けて、アマシスの許に駆け寄った。 『何言ってんだよ! 何で殺す必要があるんだ? わけわかんねーよ!』 おっさん二人は、戸惑うように必死で俺から顔を背ける。俺を見るなとでも言われているんだろうか? 「潤、どうした? 怒りはわかるが、アマシスはもう処刑するのだ。許してやれ」 俺は、その言葉にキレた。 何だよそれ!? 信じらんねえ! そんな簡単に人の命を取っていいわけないだろう! 「ジャハーン! 殺す、ダメ!俺、許さない。アマシス殺す、許さない!」 「潤?」 「命殺す、ダメ!アマシス、何もしてない。俺話した、それだけ! ジャハーン、アマシス殺す許さない!」 アマシスをぎゅっと抱きしめながら、俺はめいっぱい声を張り上げて怒鳴った。 ジャハーンは呆然としてそんな俺を見ていたが、やがて苦しそうな顔をして、頷いた。 「わかった。潤、アマシスの処刑と言ったのは取り消そう。アマシスは、今この時をもってこの地より追放する。それでいいな?」 「ツイホウ?」 「ああ、ここから追い出すということだ」 「ダメ! アマシス怪我してる。ひどい、医者呼べ!」 「何だと!!!」 突然、またジャハーンの目が怒りに燃えて、俺はびくっとなった。 「アマシスを痛めつけたのは、この私だ! この私のしたことが、間違っているというのか!」 ジャハーンは、俺に対して怒っていた。初めて向けられるその殺気に、俺は恐怖でガタガタと震えた。涙腺が馬鹿になってボロボロと涙をこぼしながら、それでもアマシスをぎゅっと抱きしめた。 「怪我してる、医者呼ぶ、当たり前のこと! ジャハーン、何故怒る? 俺悪い?」 俺の涙を見ると、ジャハーンの怒りがみるみる萎んでいくのがわかった。とたんにおろおろし始める。 「わかった。怒鳴って悪かった。お前は私を拒否したのではなく、ただ優しすぎるだけだ。そうだな? ああ、泣くな、潤。もう怒鳴らない。さあ、医者の所に連れていこう。アマシスを放すんだ」 「いや、医者ここに呼ぶ、俺心配、ジャハーンお願いします」 「潤、それはできない」 「お願い、ジャハーン。お願いします」 俺がぺこぺこと頭を下げると、ジャハーンは慌てて俺に飛びついてきた。 「潤! お前が何故頭を下げるんだ。神子は頭を下げてはならない!」 「俺神子違う。だからお願いします。医者呼ぶ、お願いします」 さらに泣きながら頭を下げると、ジャハーンは俺よりも頭を下げながら怒鳴った。 「ムスタファ! 医師を呼べ! 今すぐにだ!」 「はっ!」 返事をしたものの、ムスタファというおっさんは土下座をしたまま動かない。 「潤、頭を上げろ。お前が頭を上げなくては、私もムスタファも動けない」 ジャハーンに困ったように言われて、ようやく俺は頭を上げた。すると目の前にはジャハーンのいつも通りの顔があった。思わずホッとする。 俺が顔を上げるや否や、ムスタファが「失礼致します!」と言って部屋を出て行った。 「潤……お前という奴は」 ジャハーンが、溜息をつきながら首を振った。 「潤といると、調子が狂う。お前のような男は初めてだ」 「ジャハーン、怒ってる?」 「怒ってなどいるものか。私は……今、お前がとても愛しい」 声の調子に、ぎくっとなる。 「潤、お前は慈悲深い。美しく、そして優しい。こんなに気高い存在を、私は初めて知った」 あああ、やっぱり。目がうるうるしてるよ。それに……また、勃ってるし。 「ジャジャジャジャハーン! アマシス寝台運ぶ、手伝って!」 「うん? ……何っ!! アマシスをお前の寝台に寝かせるというのか? それは絶対に許さん!」 「アマシス怪我、怒る違う。ジャハーン手伝わない、俺やる!」 俺がアマシスの腕を自分の肩に回して身体を起こそうとすると、ジャハーンがまた飛びついてきた。 「わかった、私がやる」 まったく、何なんだよこいつは。結局やるんなら、初めからごねたりしないでやってくれればいいのに。 そこで、俺はピピの存在を思い出した。 はっと目をやると、ピピは床に土下座をしたままだった。 「ピピ、怪我ない? 身体ドン、ぶつけた大丈夫?」 「は、はい」 「ピピ、お前、何故アマシスを止めなかった!?」 「申し訳ありません! どうぞお許しくださいっ」 「ジャハーン! 怒る許さない! ピピ止めた。でもダメだった。ピピ頑張ったよ」 「み、神子……」 「ピピありがと。俺守る、頑張ったね? 俺嬉しかったよ。ありがと」 「そ、そんな……もったいのうございます」 ピピは顔を真っ赤にして泣き出した。かわいそうに、怖かったんだろう。 「ピピ泣かないで」 俺がピピの頭をそっと撫でると、またジャハーンが飛んできて俺をギュッと抱きしめた。 「潤! お前は何て優しいんだ」 「ジャ、ジャハーン、やめる、苦しい」 「潤、潤、愛しい潤……」 『うわあ! お前、何処触ってんだよ! こんな朝っぱらからサカるな!』 「王、医師を連れてまいりましたが……げっ!」 「ムスタファ! 気の利かん奴だな、さっさと下がれ!」 『馬鹿野郎、何言ってんだよっ。放せっつーの!』 「し、失礼致しました! おい、医師、何を見ている! 神子の姿を目に入れてはならぬと言ったであろう!」 「潤、何故殴るんだ? お前私には冷たいのだな」 もう、わけわからん! あの後、信じられないことにあの馬鹿はまんまと一発やった後、「また今夜な」と囁いて仕事に戻っていった。ほんと、信じらんねえ! ピピは顔を真っ赤にして最中に出て行ってしまうし、アマシスだって意識があったみたいなのに! 穴があったら隠れたいよ、ほんとに……。 医者の手当てを受けたあと、アマシスは目を閉じてベッドに横になっていた。起きてはいるみたいだけど。 俺は、水に濡らした布をアマシスの腫れた頬にあてがってやった。すると、アマシスはその青い目をぱっちりと開けた。 「神子……」 「アマシス、大丈夫?」 「何故、僕を助けたんだ?僕は、神子に危害を加えようとしたのに」 「俺、怖かった。怒る。でも、殺す違う」 「僕の為に、王の怒りを買うことになるかもしれなかったのに!」 「アマシス、もういい。怪我良くなって、早く」 「神子……」 「俺潤。神子違う。潤呼んで」 「ジュ、ン……?」 「そう、こういう文字。潤。アマシス、俺ごめんなさい。アマシス、恋人、ジャハーンの。俺邪魔しない、ごめんなさい」 「恋人? 僕が、王の?」 「そう、アマシス、ジャハーンを好き。だから怒った」 「僕が王を好き? まさか!」 「え?」 「僕は王を好きなわけじゃない。ただ、寵愛が欲しかっただけだ。他に生きる場所がないから……」 「アマシス……」 「王は潤のことを本当に愛しているんだね。僕に勝ち目なんてなかったんだ、初めから」 「……」 「それに、潤はとても美しかった。王が潤に溺れる気持ちが、とてもよくわかったよ」 え……それって、アレのこと? やっぱりしっかり見てたわけね。 カーッと赤くなって目を反らすと、アマシスがふっと笑うのが気配でわかった。 「潤の、アソコ、すごくよく締まるみたいだね。王もつらそうだった……ふふ、あんなに早く果てた王を初めて見たよ」 な、何をおっしゃいますやら! ていうか、あれで早いうちに入るわけ? 「それに、本当に奇麗な身体をしてる……僕、潤を見ていてイきそうになっちゃったよ」 はいいい? あんた、あんなボロボロになって、人のセックス見て興奮しちゃってたわけ? それは危ないって。変態さんだって。 俺が顔を真っ赤にして目をキョロキョロさせるのをじーっと見ていたアマシスが、急にガバッと起き上がって、俺に向かって土下座した。 「潤……いえ、神子! お願いでございます! 僕を、神子の召使いにしてくださいませ! 僕、何も出来ないけれど、命を賭けて貴方にお仕えいたします。何でもしますから、どうぞお願いでございます! 僕を召使いにしてくださいませ!」 えええええ?何言ってるんだよこの人は? 「アマシス、何言う、頭おかしいなってる」 「いえ、僕は正気です!僕は……潤に命を助けられた。だからこの命は潤のものだ! 潤の為に生きていきたいんだ。お願い、許すと言って」 「許す、て……」 「ほんと? いいの? やったあ! ありがとうございます神子!」 『いや、今の返事じゃないんだけど』 アマシスは勝手に喜んでいる。その、ボロボロになってもかわいい顔を見ていると、まあいいか、という気持ちになってきた。思い込みが激しいのはここの国民性みたいだな。 「わかった、これからよろしく、アマシス」 そう言って俺が握手するつもりで手を差し出すと、アマシスはその手にチュッとキスをした。 そして、妖しげな目つきでにやりと笑う。 「もちろん、これからお仕えするからには、王のご寵愛をより神子に買っていただく為に、愛技の方の指導もさせていただきます。手取り足取り……ね」 俺がぽかんとしていると、アマシスは首を伸ばして俺の……俺の息子に、服越しにキスをした! 『ぎゃあっ!』 「ふふふ、潤は奥手だね。あの時はあんなに色っぽいのにね。でも、これは指導のし甲斐がありそうだよ」 そう言いながら、ちろりと舌で唇を舐める。 こここ、怖〜。ていうか、なんでこうなるんだよ! 俺はジャハーン以外に、また身の危険を感じなければいけない相手が一人出来たのだった……。 俺は、果たしてまっとうな精神のまま日本に帰れるのだろうか。 とりあえず今は、この目の前の美少年から息子を守るのが第一のようだった。 |