「潤、もう大丈夫だ。もう、何も怖くはないぞ」
 ジャハーンが俺を軽く揺さぶりながら、耳元で囁いた。その声を、その温もりを、俺はこの時どれほど求めていただろう。まるであつらえたかのように俺はジャハーンにすっぽりと包み込まれて、そこには少しの隙間もない。
「ジャハーン……ムテムイアが……」
「ああ、わかっている。だがもう、お前は何も心配することはない。さあ、行くぞ」
 ジャハーンは俺を抱き上げて歩き出した。歩きながら、何度も俺の頭や額にキスを繰り返す。それはどんな言葉よりも俺を安心させた。俺はジャハーンの胸に顔を埋めていたからわからなかったけど、こいつは同時に、騒ぎを聞きつけて集まって来た女達に睨みを利かせていたらしい。これは自分のものだ、目がそう言っているかのようだったと、後に女達の一人から聞いた。
 母屋に帰るなり、ぬるま湯を張ったたらいが運び込まれて、血で真っ赤に染まった俺の両手が洗われた。心配そうに俺を見つめるアマシスやピピを部屋から追い出して、ジャハーン自ら俺の手をジャブジャブ洗ってくれた。血は乾いてこびりついてしまったから、お湯で洗ったくらいじゃ落ちないんじゃないかと思ったけど、何度かたらいを変えると、すっかり綺麗になってしまった。ジャハーンの大きな手の中で、俺の両手は子供の手のように思えた。
 ジャハーンは俺の両手にキスを落とした。掌にキスをした後、指の一本一本に丁寧に口づけていく。
 俺はその赤っぽい金髪の頭の、つむじの辺りをぼんやりと眺めながら、ふいにたまらない気持ちになった。こんな時だというのに、いやこんな時だからなのか、俺は強く欲情していた。
「ジャハーン」
 俺はジャハーンの頭を両手でつかんで、その唇にむしゃぶりついた。
 下唇に吸い付いて、そしてただひたすらジャハーンの舌を求める。何も考えられなくして欲しかった。
 ジャハーンはすぐに俺に応えてくれた。
 お互いの唾液を飲み下しながら、何度も角度を変えて舌を絡めあう。俺はジャハーンの首にしがみつきながら、その短いくせっ毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜていたけれど、ジャハーンは嫌がるそぶりも見せなかった。飽くまでも優しく、だけどしっかりと俺を抱きしめていてくれた。
「ジャハーン……抱いてッ」
 俺は高ぶった下半身をジャハーンに押し付けながら、懇願した。
「今すぐ、抱いて!」
 ジャハーンは欲望を宿した金色の瞳で、俺を見つめかえしてきた。まるで射抜かれたように強い視線だった。出会った頃は恐怖を感じたが、今はその瞳に捕らえられると、胸が甘く苦しくなって息もできないくらいだ。
 ジャハーンは俺の首筋にキスを落としたが、俺は身をよじって抗った。
「いいっ。そんなのいいから、早く抱いてくれよ!」
 今すぐジャハーンとひとつになりたかった。
 恐怖も、不安も、悲しみも、何もかもが吹っ飛んでいってしまって、ただジャハーンに翻弄されてしまいたかった。
「わかった。わかったから、少し腕を放せ」
 ジャハーンがなだめるようにそう言っても、俺はジャハーンの首にしがみついたまま、さらに腕の力を強めた。
「嫌だ、離れたくないッ」
「離れたりなどしない。ただ、香油を取るだけだ。香油がなければお前が傷つくだろうが」
「傷ついてもいい! だから、だから離れないでジャハーン」
「潤、だが私はお前を苦しめたくはないのだ」
「いいから……お願い、めちゃくちゃにしてくれよ!」
 ジャハーンは獣のような唸り声をあげると、俺の腕を力ずくで引き剥がした。温もりを失って一瞬泣きそうになった俺に、すぐに覆い被さってきて、下半身に顔を埋めた。
「ああ……ッ!」
 ジャハーンの舌は真っ先に肛門にたどりつき、そこを嘗め回した。ぬるぬるした生暖かいその感触に、背筋がゾクゾクっとなる。
「いや、いやだ、そんなところ……」
「濡らして解さねば、傷ついてしまう。いくらお前の頼みでも、こればかりは聞けぬぞ」
 ジャハーンはいつもこの行為を何のためらいもなくするけど、俺にはかなりの抵抗があった。そんな汚いところを舐められるなんて、恥ずかしさのあまり頭がおかしくなってしまいそうだ。俺が怒ると、ジャハーンはすぐにやめてくれた。けど今は執拗にそこに舌を這わせ続けている。
「い、いやだっ……や、やめ、やめて……ッ!」
 舌がほんの少しだけ狭い入り口を割って中に入り込んできた。それに続いて指がニュルッと侵入してきて、内壁を押し広げて行く。
 グイグイと縦横無尽に指が暴れ回り、二本の指でグッと開かれた。敏感な内側の皮膚にジャハーンの荒い息がかかってスウスウする。そこにさらに唾液が流し込まれ、丹念に指で塗りこめられた。
 その長く無骨な指が、正確にあのポイントを突いた。その途端ビリビリとした快感が身体の芯を駆け抜けた。
「あああ―――ッ!」
 ゴシゴシと指の腹で擦られて、軽く爪を立てられると、それだけで漏らしてしまいそうだった。
「だ、だめっ、出ちゃうよっ……」
 ああもう、本当に狂ってしまう! 
「ああぁああ……はああ……ッ、ああ、いやぁ……」
 しつこいくらい長い時間をかけてそこを開拓していた指が、ふいにチュポンッと音を立てて抜かれた。
 その次の瞬間、ズドンッという衝撃と共に、ジャハーンの熱い怒張が俺を一気に貫いた。
 喉の奥でつぶれた様な悲鳴をあげながら、俺は仰け反った。
 何度経験しても、この瞬間だけは痛みを感じる。でもその先に快感があると知っている身体は、痛みすら喜びとして受け入れる。
 俺の中を目いっぱいに広げながら、ゆっくりとした動きで何度か突き上げられて、呆気なく俺は射精してしまった。
 ぐったりと脱力した体を抱きしめて俺のまぶたにキスを落とすと、ジャハーンは再び腰を使い始めた。大きく張ったエラにポイントをえぐられて、またすぐに身体が熱くなっていくのを感じた。
 性感帯に全神経が集中して、身体の他の部分が麻痺したような感覚がする。
 親指と人差し指で乳首をクリクリと抓られて、乳首と身体の奥の前立腺が共鳴するかのように、快感を高めあっていく。泣きたいくらい甘く切ないその刺激に、俺は唇を噛んだ。
 だけどズンッとひときわ深く貫かれて、高い悲鳴をあげてしまった。
「うぁああああッ!」
 ジャハーン、ジャハーン、ジャハーン!
 俺はもうジャハーンのことしか考えられない。
 でも、まだ足りない。もっとぐちゃぐちゃに激しくして欲しい。痛いくらい、苦しいくらい激しくして欲しい!
 俺は渾身の力を込めてジャハーンの身体を押し倒し、体勢をゴロリと反転させた。つながったままその身体の上に馬乗りになり、思うが侭に腰を振る。
「アッ、アッ、アッ、アッ」
 ぱんぱんと音を立てて尻を打ち付けていると、ジャハーンが上体を起こして、あぐらをかくように足を組んだ。
「潤、潤、お前、たまらんぞ」
「アッ、アンッ、アッ、イイッ」
「ああ、潤、良いぞ。何て美しいんだ。いやらしく、艶かしく、美しい」
 尻たぶを両手でつかまれて、腰の動きを助けるように力を込められる。無意識にそこに力が集まり、きつく締め付けられてジャハーンが低くうめいた。
「クッ、潤……出すぞ」
「あ、俺も、俺も、もう……ッ」
 俺達はきつく抱き合ったまま、ほぼ同時に放った。
 身体の奥深くに熱いほとばしりを感じながら、俺は自分の頬をすうっと涙が零れ落ちていくのがわかった。