「ああッ……!」
 俺があげた甘ったるい悲鳴に、ユクセルの身体がわずかにビクリと震えた。
「……何て声を出すんだ、君は」
 し、仕方ないだろうがっ。不可抗力だ!
 俺が恥ずかしさと焦りで赤くなった顔を背けると、彼の唇が追ってきてまた俺のそれを捕えた。
「ん……や、やだっ……」
 嫌がって見せても、執拗に俺を追いかけ、吸い付かれる。舌が入って来て、それを舌でもって追い出そうとしたら、逆にからめあげられた。敏感な舌の裏をくすぐられて、背筋をゾクゾクする感覚が走り抜ける。
 それが悔しくて、俺は両手を振り回して暴れた。
「嫌だっ、放せよ!」
 だけど手首を掴まれて、そのまま顔の両脇に押さえつけられた。どんなに力を込めても、その手はびくともしなかった。
 くっそー、馬鹿力めっ!
 魚のようにピチピチ暴れる俺を尻目に、ユクセルは唇で俺の身体をまさぐり始めた。
 既に硬さを帯びた乳首を唇でやんわりとはさまれて、ぐっと舌の先を押し付けられる。
「んうっ……」
 俺の反応を確かめるようにしながら、舌でその小さな突起を包み込むように舐められた。
「……ふっ……んん……」
 以前だったらそれくらいじゃたいした刺激は感じなかっただろうけど、ジャハーンの馬鹿によって開発されてしまったそこは呆れるほど敏感になっていて、俺は必死になって声を殺さなければならなかった。
 身じろいだ俺の足に、ユクセルの足が絡みついた。その時俺は知ってしまった。ユクセルの雄が反応していることを。どうして?刺激を受けたわけでもないのに勃ち上がっているのは、俺に欲情しているから?何だか頭が混乱してきた。
 ユクセルはもう片方の乳首も同じようにして苛むと、身体をずらして俺の腰をぐっと掴んだ。
 ま、まさか……そ、そんなわけないよな。だってユクセルはノーマルだもんな。俺なんか汚らわしいとか言ってたもんな。そんなとこ口に入れられるわけ……うわああああっ!
 ユクセルは何のためらいもなく、俺の先端を口に含んだ。
 なななな、何考えてんだこいつっ。普通、ホモでもなけりゃそんなとこ舐められないぞっ。
「や……ああっ、いや、いやぁっ……ふあっ」
 ユクセルの舌の動きはぎこちなかったけど、さすがに男同士だから心得ているのか、快感のツボを的確に捉えて舐めあげる。俺はみっともない声をあげながら、その屈辱にひたすら耐えた。
 嫌だ、ジャハーン以外となんて、絶対に嫌だ。
 そう思うのに、身体は反応してしまう。
 それにこの前とは違って、ユクセルが驚く程丁寧に俺を愛撫するので、正直戸惑ってもいた。俺のことなんか好きじゃないくせに、嫌いだって言ってたくせに、どうしてこんなに優しくするんだ?
「うっ……くぅ…ん……あッ、はあぁッ……あ」
 解放された両手でシーツをつかみ、それを噛んで必死になって声を殺そうとした。でも甘い快感が絶えず俺を狂わせようと襲ってきて、歯にうまく力が入らない。
「ん……んくっ……くあぁっ、あああ……」
 気を抜くとすぐに緩んでしまう口元からは、喘ぎ声がひっきりなしに漏れてしまっていた。
「やめ、て……っ、だ、だめぇ、もう、もう……っ、は、放っ……あっ、ああ……っ!!!」
 真っ白に頭がスパークして、俺はユクセルの口内に放ってしまった。
 信じられない。
 恥ずかしさと、情けなさと、怒りと、屈辱と、哀しさと……色んな感情に打ちのめされて、俺は嗚咽を漏らした。
 そして身体を丸めて震えながら、子供のように泣きじゃくった。
 ユクセルはそんな俺の身体を抱きしめて、宥めるように背を擦った。
「嫌だ、嫌だ、嫌だあっ」
 首を振って逃れようとする俺を、ぎゅっとその腕の中に閉じ込めてしまう。いくら暴れてもそこから抜け出せなくて、そして背を擦る手があまりにも穏やかなので、俺は次第に落ち着きを取り戻していった。
「……落ち着いたかい」
「どう、して。あんた、俺のこと、嫌いな……っ、ヒック、嫌いなんだろっ」
 声を出そうとすると、また感情が高ぶってきて、俺はしゃくり上げてしまった。これじゃほんとにガキだ。
「嫌いなんかじゃ、ない」
 静かな声でユクセルは囁いた。
「で、でも、軽蔑してるんだろっ」
「軽蔑も、していない」
「嘘、だって、だってこの前、い、言ってた、じゃんかっ」
「そうだね。でも、嘘じゃない。僕は君を嫌いじゃない。少なくとも、抱きたいと思えるくらいには」
「はあっ?」
 な、何言ってるんだこいつ? 意味がよくわからない。
 涙に塗れた目を丸くさせる俺に、ユクセルは苦笑した。
「でも、まだ我慢することにするよ。男は初めてなんだ。うまくやれる自信はないし、それに今抱いてしまったら、君は僕のことを嫌いになるだろう」
「も、もう嫌いだよっ」
「本当に?」
 ユクセルの淡い紫の瞳が、俺をじっと見つめた。俺の中のどんな感情をも見抜こうとするかのように。
 俺は聞かれて、言葉に詰まった。どうしてわかるんだろう。俺はこんなことをされてもまだ、ユクセルを憎みきれないということに。許せないと思うけれど、何処かでこの男に同情している自分がいる。時々姿を見せる不器用な優しさを、信じたいと思う自分がいる。
 でもそんなこと教えることはできない。飽くまでもこいつは敵だからだ。
「……まあ、いいさ。とにかく今日はもう眠ろうか」
「え、あんたもここで寝るのか?」
「大丈夫、もう何もしないさ。……ほら、あんまりぐずぐず言うと、ほんとに抱いてしまうよ」
 言われて、俺はあわててシルクの上掛けの中に潜り込んだ。シーツはまったく汚れていなかった……ということは、俺のアレをこいつが全部飲み干したというわけだ。うわーっ、うわーっ、信じらんない。何考えてんだこいつは。
「どうしたんだい、急に顔を赤くして」
「……あんた、あんた変わったよな」
「そうだね。君が変わったように、僕も変わったのかもしれない。それにしても、言葉がうまくなったものだね君は」
 そういえば、この前会った時は、俺はまだカタコトだったんだっけ。
「よりに選って乱暴な言葉ばかり覚えてしまって。かわいい顔には不似合いだよ」
「う、うるさいっ。かわいいとか言うなよ!」
「やれやれ、良くないね。その言葉使いは。アスワン語を勉強させる時には、きちんと上品な言葉を教えることにしよう」
「誰が覚えるか、そんなのっ」
「君の頭では無理ということかい?」
「な、何だとっ。馬鹿にすんなよ! それくらいできる!」
「言ったね。……楽しみにしているよ」
 そう言ったきり、ユクセルは俺に背を向けてしまった。
 仕方がないので俺も枕に顔を埋めて、目を閉じた。するとジャハーンの笑顔が浮かんできて、急に不安と寂しさが俺の胸を襲った。俺、どうなってしまうんだろう。ジャハーンにまた会えるのはいつのことなんだろうか。あいつの所に、ちゃんと帰れるんだろうか。
 そう思うと不覚にも涙腺が緩んでくる。それを隣のこいつには知られたくなくて、上掛けを噛み締めて嗚咽を堪えた。
 ユクセルはというとそんな俺に気付く様子もなく、背を向けたまま何度か切なそうな溜息をついていた。……考えてみれば、勃ってたのに出してないんだよなあ、こいつ。それってかなりつらいんじゃないだろうか。
 そんなことを考えながら、そのやるせない溜息を聞いているうちに、俺は眠りの世界に落ちていったのだった。