「戦争って……どうして?」 口に出してから、意味のない質問だったと気がついた。でもアマシスはそうは思わなかったようで、奇麗な顔立ちを悔しげに歪ませた。 「潤が、神子が居なくなったっていうことを嗅ぎつけたんだろうね、きっと。もちろんこんなこと公表しちゃいないし、口止めはされているけれど、何処からか漏れていたって不思議はない……それを好機と見たんじゃないの」 そうだ。それ以外に、理由なんて思いつかないじゃないか。 ……俺のせい、だ。 「まだ実際に何かを仕掛けられたわけじゃないけど、第二王子の部隊が、武装して国境近くに待機してるってもっぱらの噂だよ」 「ユクセルが?」 俺はあいつの優しげな顔立ちを思い出して、少し首を傾げた。 あの、性格が知恵の輪みたいにひん曲がって絡まってるユクセルが? 父王と兄王子に対してコンプレックスばりばりのユクセルが? 慎重で、疑い深くて、引き際を心得てるあいつが? ……なんだか、ピンと来ない。 確かに、宗教が幅を利かせるこの土地では、神の遣いとか言われてる俺が居なくなったっていうのは、戦争を仕掛ける動機づけとして充分だろう。でも、確かな証拠もつかまないうちに、あのユクセルがまんまと乗り込んでくるっていうのは……ないんじゃないかなぁ、と思うんだけど。 でも、実際にそうして部隊を引き連れてるんだから、まぁ、それもアリってことなのかな? だけど、本当にユクセルなんだろうか? うーん……何だか考えれば考えるほどわからなくなってきた。 「とにかく、俺が王国に戻ればいいんだよな」 考えた末に俺が出した結論は、コレである。最初と何も変わってない……つまり、考えるだけ無駄ってわけだ。 「そうそう、一刻も早くね」 きっとゼキも、今頃この情報を仕入れていることだろう。 ゼキが戻ってきてから、色々考えればいいや。俺もこいつもアホだから、いい案なんて思いつくわけないしな。 そう思って、ベッドのアマシスの横に座り込んだ。 でも、俺の心は何だかスッキリとしない。 漠然とした不安というか、何かモヤモヤとしたものが漂ってる感じだ。 何だろう? 何か大切なことを忘れているような気がする。何か、見過ごしている重要なことがあるような……。 「アマシス……お前さ」 「え?」 「まさか、誰かにつけられてたりしないよな……」 「つけるって、何を」 「……つまり、尾行されてないかってことだよ」 「尾行? さあ……大丈夫だと思うけど」 大丈夫、なんだろうか。 まあ、その預言とやらに因ると、一人で行けば無事に俺に会えるってことだもんな。大丈夫だよな。 ……だけど、俺と会うまでは無事でも、その後は? 「アマシス、預言に続きはないのか?」 「預言って、さっきの?」 「そうだよ。俺と会うまでの預言はあったんだろ?その後のことは何か言ってなかったのか?」 「うん、そういえばそうだね。何も言われてないよ。でも、潤と会えればもうひと安心だもの。だって潤は神子だから」 それは、絶対に間違ってるぞアマシス。 神子だから安全? もしそうなら、俺は過去二度もさらわれたりするわけないだろう。 ああ、何だかものすごく嫌な予感がしてきたぞ。 ゼキ、頼むから早く帰って来てくれ……。 いつもスパイ活動ばっかしてるようなユクセルだったら、正々堂々(?)と部隊を引き連れて王国に乗り込むよりも、神子の側仕えであるアマシスの後を追う方が、より確実だと考えるんじゃないだろうか。もしそれで何も収穫がなかったとしても、別にそれはそれで、また他の手段を考えればいいだけのことだし。 目敏いユクセルが、世間知らずのアマシスが一人で王宮を抜け出すのを見逃すだろうか? 「……いや、ない」 「何が?」 アマシスが無邪気に首を傾げる。 預言者の爺さんよ、どうして選りによってコイツを選んだんだ。そりゃあ、俺もアマシスに会えて嬉しいけど、せめてカリムとか、ピピとか、もう少し計画性があって慎重な奴にしてくれたら良かったのに……。 その時、ドアがコンコン、と叩かれるのが聞こえた。 一瞬、ゼキが帰ってきたのかと思い、俺はホッとして扉に駆けつけた。 そして鍵を開けようとして、ふとゼキの言葉を思い出したのだった。 ――きちんと鍵をかけて、けして開けないでください。私は鍵を持っていますから、私だと思っても鍵を開ける必要はありませんよ―― そうだよな、ゼキは鍵を持っていったんだよな。 じゃあ、ドアの向こうに居る奴は誰なんだ? その時、ドアに掛けられている鍵が、カチリと開いた音がした。 相手は鍵を持っている……ということは、やっぱりゼキが帰ってきたのか? しかしその期待は、ドアが開かれるなり襲い掛かって来た人影によって、見事に打ち破られた。 首筋に強い衝撃を感じ、遠くなる意識の片隅で、アマシスの悲鳴を聞いたような気がした。 だけどそれも全て、ただ真っ暗な闇の中に消えていった。 |