自分でもつくづく思う。俺は学習しない男だって。
 何度も何度も、馬鹿みたいに同じ失敗繰り返して、その度に痛い目にあってるのに、ちっとも懲りてないんだよな。……こんなんだから、ジャハーンにも愛想つかされたんだろうか。
 目を開けて、目の前にそいつの姿を認めた途端、俺はそんな自虐的な思いに駆られたのだった。
「……よぉ、久しぶりじゃねーか、ユクセル」
 思いっきり嫌そうにそう言った。
 彼はいつもの小奇麗な格好ではなく、かるく武装していた。ということは、ここはユクセルの部隊の陣地なんだろうか?
「そんなあからさまに嫌がることはないだろう」
 そう答えて、ユクセルは微かに苦笑いを浮かべた。
「君は、二度と僕には会いたくなかっただろうが……そう思われても、仕方のないことをした。だけど、君には僕の気持ちを伝えてある筈だよ」
 薄紫の瞳が、やけに熱っぽく俺を見つめる。
 あ……そうだ、そう言えば、俺ってこいつに告白されたんだっけ。
 その思った途端、俺の脳裏にその時の情景が甦った。
 夜明け前の、凍りつくような寒さ。
 身体中で悲鳴を上げている痛み。
 恐怖と、そしてジャハーンに対する思い。ジャハーンに会いたくて、あいつのもとへ帰りたくて……その為なら何だってできると思った。
 ユクセルに愛していると言われて……驚いたし、俺にとってユクセルは、正直どんなにひどいことをされても何故か憎めない相手ではあったのだけど……それでも俺の心にはジャハーンしか居なかった。
「僕は、君を愛している……その気持ちに変わりはない。だが僕は人を愛したことなどないから……どうやって君に思いを伝えていけばいいのかわからないんだ」
 感情を殺した、それでも切なさがにじみ出るようなその言葉に、俺はうろたえた。
「そ、そんなこと言われたって……だからって、俺をまた同じようにさらって……」
「誤解しないで欲しい。君をこのまま捕えておくつもりはない」
「え?」
「君に、協力して欲しいんだ」
「……協力?」
 オウム返しにそう言う俺に頷いて見せると、ユクセルはおもむろに手を差し出してきた。
「な、なんだよ」
「立ちなさい。……あの、やけに色っぽい少年がね、うるさくて仕方ないんだよ。君に会わせろと言ってきかない。とりあえず彼に会って安心させてあげるといい」
「あ……アマシス、あいつもここに?」
「丁重にお連れしたよ。まあ、はじめは少々乱暴であったことは認めるけれど」
 少々だあ? どこがだよっ。
 ったく、王子の癖にこいつは荒っぽいんだよ、いつもいつも……。
 俺はユクセルの手を無視して自分で立ち上がろうとしたが、ここに連れてこられる時に首筋を打たれたせいか、うまく足に力が入らなかった。
 そればかりじゃない。アマシスに会えると聞いて安心したせいか、急に空腹を覚えて眩暈がするのだ。
「食事でも取りながら、少し話をしよう」
 俺の意地を見抜いたようにそういう奴をにらみつけ、俺は渋々その手を掴んで立ち上がったのだった。

「潤!」
 草原の上にいくつか立てられているテントのうち、比較的小さくて奇麗なそこにアマシスは居た。
 思ったより元気そうだ。
 そう思う間もなく、力いっぱい抱きつかれて、俺は情けなくもよろけてしまった。
「ああ、潤、無事だったんだね!よかった……。でも、大丈夫? 何もされてない? あの甘ったるい顔の色男に、変な悪戯されてない? ああいう顔したのは、大体ソッチはねちっこいって相場が決まっているから、心配で気が気じゃなかったよ……ああ、もっとよく顔を見せて」
 耳元で早口でまくし立てるアマシスの頭に、俺は無言でげんこつを喰らわせた。
「いった〜ッ! 何するんだよッ」
「お前の頭の中には、そんなことしかねーのかよ……」
 まったく、溜息が出てくるぜ。
「なんだよっ、人がせっかく心配してやったのに、ほんとに可愛げがないんだからっ」
「可愛くなくて結構だよっ。男が可愛くてどーする」
「ああ、まったく、色気がないったら……ま、そこが潤のいいとこだけどさ。その分寝台の上との対比がまた、ね」
「だーッ!!! 何の話してんだよお前は!」
 あー、まったくこいつと話してると調子狂うよ、ほんとに。
 と、そこへパンパンと手を叩きながらユクセルが入ってきた。
「仔犬同士のじゃれ合いはそこまでにしてもらおうかな。申し訳ないけれど時間があまりないものでね」
「誰が犬だよっ」
「さあ、空腹のところ何度も移動させて悪いが、僕の天蓋に来てもらおうか。さっきの話の続きをしよう」
 あ……そうだった。
 さっき、俺に協力してもらいたいとか何とか、思わせぶりなことを言ってたっけ。
「話って、何の話?」
 さりげなく俺の腕に自分のそれをからませるアマシスに、ユクセルは例の優しげな笑顔を浮かべて見せた。
「君には遠慮してもらうよ。これは二人だけの話だからね」
「え……」
「安心しなさい、君が心配するようなことはしないよ。これ以上ジュンには嫌われたくないからね」
 ケッ、何言ってやがる。
 そう思ったが、どうやらユクセルと話をしないことにはこの事態が解決されなさそうだし、いい加減腹が減って苦しくなってきた。
 まったくもって不本意だが、俺はユクセルの言うとおりに、彼のテント……天蓋へと向かったのだった。