「そんで、話っつうのは一体何なわけ?」
 天蓋の中に入って絨毯の上に座るなり、俺はそう切り出した。
「あんたが俺に頼みって、そもそもそこからして何かおかしい感じがするんだけど」
 じとっとした目つきでそう言うと、ユクセルは困ったように苦笑した。
「参ったね、そこまで疑われては……確かに、頼みとは言っても、君に断る権利はないのだけれど」
 やっぱな。
 大体、俺が「イヤだ」つっても、「はいそうですか」なんて言って引き下がるタマじゃないよな、こいつは。
「しかし、これはけして、君にとっても不利な話じゃない。お互いの利益に繋がると言っていい。だから、是非とも君には快く承諾して欲しい」
「……どーだか。まあ、どっちにしても、中身を聞かないことには何も始まらないしな」
「それはそうだね」
 頷いて、ユクセルは自らワインを木製の杯に注ぎ、俺に勧めるそぶりを見せた。俺が首を横に振って断ると、彼はちょっと眉を上げてからそれを一口煽った。
「……頼みといっても、簡単なことだよ。ジュンには、しばらくここに居て欲しい。時期が来れば護衛をつけて君を王国に送り届けるつもりでいる。だが、それまで大人しく僕の側に居てもらいたいんだ」
「え?」
 俺はその内容に拍子抜けしてしまって、目をぱちくりさせた。
「それだけ?」
「それだけ、だよ。だが重要なことだ。駆け引きには、時に単純な事実が有利になることもある」
「駆け引きって……誰と」
「僕の父と、兄さ。君も一度会ったことがあったね?」
 俺は頷いた。会ったもなにも、ユクセルが会わせたんじゃないか。あのとんでもなく傲慢なアホ王子と、やたらと威厳があるけど何を考えてるのかわからない国王に。
「でも、何で駆け引きが必要なんだ? 味方だろ、一応……しかも家族だ」
「表面は、味方だ。だが、実際には憎むべき敵さ。君にもいつか話したことがあったね……僕の将来の展望を」
「ああ……最初に、あんたにさらわれた時だろ? 兄王子や家族を殺して、自分が玉座につくっていう」
「そうだ。……なつかしいな。あの頃、君はまだ片言しか言葉を話せなくて……色気のかけらもない生意気な子供だった」
「うるせーな。それを言うなら、あんただって相当嫌な野郎だったぜ。優しそうな顔でヘラヘラ笑ってるくせして、言ってることは極悪非道だもんな」
「ひどい言われようだが、まあ事実だね。だが、僕は変わった。君が変わったようにね」
「俺、変わったかな?」
「変わったね。いや、君を見る僕自身が変わったせいなのかな……。とにかく、それさ。僕の意志、野望の話だね。今のこの状況は、僕にとって非常に好機だ」
「今の状況って? ……アスワンが王国に戦争をしかけようとしてるっていう、あれか?」
「そうだ」
 ユクセルは真面目な顔で俺を見つめると、姿勢を正した。
「君もおそらく聞いたはずだ。僕が先駆けとして、王国の側に軍隊を待機させていることを」
「うん、アマシスが言ってたよ」
「神子が王国を去ったという噂は、アスワンにも届いている。それに加えて、太陽王が病気だという話も囁かれている」
「えっ、ジャハーンが病気!?」
「飽くまで噂だよ。確かな筋からの情報だが、もちろん完全に信用できる話でもない。だが、それがもし本当なら、アスワンが王国を制する絶好の機会なわけだ」
「それで、ユクセルが?」
「僕は様子見といったところだね。もちろん、殿下は……ジェスールは、手柄を僕に渡すつもりなんてさらさらない筈だ。勝機が見て取れた頃に戦場に馳せ参じて、さも当然という顔で自分が勝ち鬨を上げるだろう」
「……あいつなら、やりそうだよな」
「もちろん、僕とてそれを指を加えて見ているわけではないさ。むしろ、そこにこそ僕にとっての勝機がある」
「そこって?」
「……僕は、今回太陽王の首を取るつもりはないよ。そんなことをすれば、ジェスールの地位がますます揺るぎないものになるだけだからね。それよりも、僕の目的はジェスールさ」
 ああ、なんか、読めてきたぞ。
 つまり、こういうことか。
 今は、ジャハーンを倒す絶好のチャンスなわけだ。でも、ここでジャハーンを倒して王国を手に入れても、その手柄はまんまとジェスール、つまり兄貴のものになるだけで、ユクセルのアスワンでの不利な立場に変わりはない。それよりも、ジャハーンと王国といううまそうな餌でジェスールをおびきよせて、そこをつぶしてしまえ、と。
「要するに、ジェスールをハメるわけだな?」
「ご名答」
 ユクセルはにっこりと笑って、ぱちぱちと手を叩いて見せた。
「相変わらず、君は賢い」
 おい、本当にそう思ってんのかよ? 相変わらず、こいつの言い方は人を馬鹿にしてるよなぁ。
「……まあ、いいや。お互いの利益っていうのは、そういうことか。俺にとっては、この絶体絶命の王国のピンチを乗り切ることができるし、あんたはうまくいけばジェスールを押しのけて王位継承者の座につくことができる、と」
「その通りだよ。どうかな、もっと詳しい話を聞く気になってくれたかい」
 俺はひとつ溜息をつくと、腕組みをしてユクセルをにらみつけた。
「……聞いてやってもいいけど。でも、その前に」
「その前に?」
「…………メシ、食わせろよ。さっきからお預け食らわせてばっかでな、こっちは限界なんだよ!」
 そう怒鳴ってやると、ユクセルは一瞬目を丸くした後、珍しくも大爆笑したのだった。